原田博行ラジオ出演

 2000/05/29 (全2ページ)

station KBS 京都
  

(16時10分頃。「ラッパのマークの正露丸」と「KBS京都」のCMが終わって。)

女性アナ「昔から数多くのミュージシャンを生み出してきた京都の街。今も数多くのミュージシャンが住んで、その交流の中から音楽が生まれております。今日はそんな京都の音楽シーンの交流から生まれたアルバム『空へかえそう』を発表されました京都在住のシンガーソングライター、原田博行さんにスタジオにお越しいただきました。」

女性 「こんにちは」
原田 「こんにちは」
女性 「宜しくお願いします」
原田 「宜しくお願いします」

(BGM そんなわけで私は元気です)

女性 「ず〜っと京都でございますか」
原田 「(笑)そうですね。結果的にはそういう事に…なりましたね…」
女性 「じゃぁ、あの、音楽との出会いって言うか、始めたのっていつ頃なんですか?」
原田 「始めてぇ〜のライブが…高2だったんですよ」
女性 「え〜。どこの高校だったんですか?」
原田 「洛北高校って言う、京都のね」
女性 「あ〜〜。もう地元ですね。」
原田 「地元の高校なんですが」
女性 「洛北高校、高校2年の時にライブ」
原田 「磔磔って言う京都の…」
女性 「あ。はいはいはい」
原田 「今もやってるライブハウスですけど」
原田 「そこで始めてライブをして、もう学校の1/3位は来たんちゃうかな」
女性 「うわぁ〜〜。凄いなぁ」
原田 「そらぁ、ねぇ。やぁ〜められへんなぁ、これ。って思った(笑)」
女性 「そりゃ、学校の2/3(注)来てくれたら…それからずっと…」
原田 「そうですね。で〜。大学も京都だったんですから」
女性 うん。そうですか」
原田 「京都でずっと音楽をしてました」

女性 「で、どんな音楽活動と言う風な事になるんでしょうかね?」
原田 「ずっとバンドで。あのぉ〜。大学、同志社だったんですが、同志社のサークルには入ってなかったけど音楽やってる連中とバンド組んでは解散し、まぁなんか東京から誘いがあっては失敗し…(笑)とかしてるうちに卒業も来ましてですね。で〜…」
女性 「大学出て」
原田 「大学出て、ほんで音楽やろうと思って、仕事就かずにやったんですけど。途中からギター1本でソロでやってみようかなぁって言う感じになって。ほんで、ライブハウスもだんだんこう、しぼられてきて。まぁ、ネガポジって言うちっちゃいライブハウスなんですけど京都の烏丸の…」
女性 「丸太町」
原田 「そことかにまぁ、毎月とかっていう…」
女性 「あ、定期的に」
原田 「いろんな人ゲストに迎えてやる、とかっていうのをず〜っと4、5年やってる間に、まぁ、今続いているユニットもちょっとずつ出来てきたりして」
女性 「どんなユニットに参加されてきて…」
原田 「これがねぇ〜名前を言いたくないユニットなんですがね」
女性 「どうして言いたくないんですか」
二人 (笑)
原田 「京都町内会バンドっていうバンドがね、あの〜、京都在住で。それも大学時代に一緒にやってた連中が東京から帰ってきたりとか、いろんなことあって、笹野みちる、って言うボーカルのコとね。で〜インディーズレーベルからレコードを出せるようになったんで。
で、そう言う流れで一つバンドが形になったり。あと、あの〜ミュージシャンやってた連中がライブハウスに就職してPAしだしたりとか、レコードを作るスタジオを作ったりとか、
そのスタジオ作った奴とライブハウスのPAやってる奴と僕と3人で別の『日向』ってユニットやったりとか、で、今回のアルバムはその3人の日向ってユニットで、ソロで。プロデュースは日向でやってみようよ」
女性 「プロデュース日向で」
原田 「で、原田博行って言うソロで出してみようよ、って話になったんですよ」
女性 「あ〜。じゃぁ1stソロアルバムと。言うことになるんですね」
原田 「そーですね」

女性 「今流れています」
原田 「そーです、これはね『そんなわけで私は元気です』って言う曲です」
女性 「んまー。アルバムタイトルが『空へかえそう』と言う」
原田 「そうですね。はい」
女性 「ということは、その、日向がプロデュースで、もー、あの、原田さんソロアルバム出してみようやないのって」
原田 「そうですね、まぁ、スタジオにもライブハウスのいろんなミュージシャンが来るやないですか。で、好き放題で使ってみようって言うんで」
女性 「え?好き放題で」
原田 「昔から一緒にやってた連中を、この曲でやって、とか、この曲だけ、で〜っと弾いてとか、で、結構、京都のインディーズで頑張っている連中、沢山参加してくれて」
女性 「じゃ、やりましょう。って事になったー…訳ですね」
原田 「そうです、そうです」
女性 「そう言うパワーって京都ならではなんでしょうね」
原田 「そうですね。で、もー、最後の最後でお金の問題が…」
女性 「ははぁー」
(BGM『回る太陽』にかわる)
原田 「大変やって、で、結局京都のね、エレファントさんって言う、ちっさい…ちっちゃいっていうかプリントショップやってるね、音楽人じゃない人の会社の社長が、『じゃぁ〜スポンサーになってあげるよっ』って話になって」
女性 「え?その方は音楽活動をしているとかって訳じゃなくって」
原田 「じゃなくって、まぁ、大先輩みたいな感じでお世話になっている方
なんですけどね。ちょっと変わった形でねインディーズレーベルを、
ま、僕がレーベルを立てた形で。で、出したんです」

女性 「エレファントって言うのは全く音楽とは関係ない…」
原田 「関係ない」
女性 「そういう所のオーナーが、ほんじゃぁっ、って手を挙げる」
原田 「挙げてくれはって、京都っぽいでしょ」
女性 「ほんと、そんな気がしますね。そして生まれたのがこの1stソロアルバム『空へかえそう』」
原田 「そーですね」
女性 「ソロだからこそって言う意味で、今までのとはやっぱり違いますか?」
原田 「そーですね、全然やっぱりバンド〜という、5人だったら5つの音にこだわるって言うんじゃなくって、僕の詩とメロディーに対して必要な物を曲ごとにいろいろ変えてやっていけるから、自由だなぁって思いましたね。すごく。」
女性 「たとえばもっと前にソロアルバム出そうとかって思ったことはなかったのですか?」
原田 「うんっ。なんかねー。あのー整わなかったっていうかねー」
女性 「あ、今、期は熟した訳ですね」
原田 「そんな感じしますね」
女性 「そんな雰囲気しますよね」

(注)私の打ち間違いではありません。原田さんは1/3と言ったのに、女性アナは2/3と言いました。


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