その9

 

チャモロマーケットから戻ってきたバスは、ゆっくりとホテルのエントランスの前へ入ってきた。

が、なんかホテルの様子がおかしい。
暗い。

エントランス前には、ホテルの車が3台ほどロビーの方に頭を向けて止めてあり、こううとヘッドライトを点けている。
そしてその先…つまり、ホテルのロビーは真っ暗闇。
車のヘッドライトに照らされたロビーでは、なすすべもなく宿泊客が座り込んでいた。

 

 

まさか、自分が泊まってるホテルが停電になろうとは。
バスから遠くに見えた他のホテルはこうこうと明かりが点いていたのに…あれは高級ホテルだったのね。
私らのような一般庶民が泊まるような格下のホテルでは、復旧はたやすくないのだろうか。

停電しているので、エレベータも使えず。
客室までの階段は非常階段しかないようであり、仮にあったとしても私らの部屋は14階なので、そんな上まで歩いて上りたくない。

まあ、しばらくしたら電気も復旧するだろう、と考えてとりあえずあいているソファーに座り込む。
娘はさすがに疲れたようで、ソファーで横になって寝だしたが、息子の方はまだ元気そのもの。
むしろ、アクシデントを楽しんでいるようにも思える。
外はぽつぽつと雨が降り出した。
停電で、雨降りで、チャモロマーケットの方もエライことになっているだろう。
そう考えると、いいタイミングで帰ってきたとも考えられる。

聞くと、どうやら発電所そのもののトラブルらしく、グァムではよくあるらしい。
そのため、私らが泊まったホテルでも自家発電を備えているそうだが、どうしたことだか、自家発電も復旧しないそうな。
肝心な時に動かないとは、一体、何のための自家発電なのだ?

そうこうしている間にもどんどん外出先から宿泊客が帰ってきて、ロビーはみるみるまに人が増えていった。
エアコンも効かないので、だんだん蒸し暑くなってくる。
暗闇のロビーに置かれたロウソクの明かりが、暑さをそそる。
フロントには苦情や状況の確認などで行列がついている。

1時間程たっただろうか。
復旧の目処はまだたたず、思っていたより長期化になりそうな気配になってきた。

 


エレベーター前に書かれた文章

 

ホテル側もそうしたことを気にかけたのか、宿泊客からの苦情から対応したのか、非常階段を開放して、希望者には階段で部屋まで戻ってもらう、と伝えだした。

そのアナウンスにひかれるように、ホテルマンを先頭に何人もの宿泊客が非常階段のあるフロントの裏側へと消えて行く。
私らはどうしようかと考えたが、寝ている娘を抱えて14階まで階段を上るのがまず不可能である。
そんな体力など私のどこにも残っていない。
それに、部屋へ戻ったとしても停電していることには変わりなく、話によるとトイレの水が流れないらしい。
それならば、ロビーでまだしばらく様子をみている方がよさそうだ。(ロビーのトイレは水が流れる)

必然的にロビーに残る人はやや年配の方か、子連れの人が中心になる。
ロビーに残る人も結構減ったが、電気が復旧する気配は一向にない。
閉店した土産物屋の前ではホテルマンが立っている。
盗難にあわないように警戒しているのだろう。

ホテル側がサービスの一環としてか、バンケットを開放して休憩室にしたのと、飲み物を置いた、とのアナウンスが流れた。
飲み物と言うからそれなりに期待したのだが、単に紙パックに入ったジュースを配布しているだけだった。

ホテルの売店でおつまみを買って、ジュースを飲んでいるその時。
その時は突然やってきた。
チャモロマーケットからホテルへ帰ってきて約2時間あまり。
一斉に電気が点いた。
エレベーターも動き出した。
ホテルマンが確認して、「もう大丈夫です」の声に、湧き上がる歓声。

やっと部屋に戻れる。

安堵と共に、やっぱりホテルのランクって重要なんだなぁと再確認したのであった。

つづく