ハ その4 博覧会におけるコンパニオン衣装の変遷について

 

前にも書きましたが、ポートピア'81のコンパニオンの衣装を調べて、コツコツとイラストを書き上げてアップしております。

で、描いていて思ったのですが、今は『ポートピア'81』もしくは、『1981年』と言う、いわば横軸の並びで衣装を描いている訳です。
どの館もテーマに沿いつつ、当時の流行を感じさせるデザインなのですが、これを横軸ではなく、縦軸として見たらどうなのだろう、と。
つまり、1970年の大阪万博から最近の博覧会まで、コンパニオンの衣装デザインにその時代時代の流行が反映されているのではないかな、と感じたのです。
そこで、異なる企業間での衣装では参考になりにくいと思い、一つの企業に絞って衣装の変遷を辿れば、その時代時代のファッションと、コンパニオン衣装との関係性も見えてくるのではないかと思いました。

では、どこのパビリオンにしようかなと検討を重ねた結果、三菱グループが1970年の大阪万博を皮切りに国内で行われた全ての国際博といくつかの地方博に出展していることがわかり、三菱グループのコンパニオン衣装を集めてみました。
比較していただいて、その時代を感じ取っていただければ幸いです。

ちなみに、三菱未来館は先述のように国内5回行われた国際博覧会全てと、ポートピア'81。更に横浜博覧会(YES89)、山陰夢みなと博覧会などの地方博にも出展されてます。地方博についても調べたのですが、資料がどうしても見つからず、国際博の衣装のみをここで紹介いたします。

 

  1970年 日本万国博覧会

 
70年代ファッションを象徴するように、定番アイテムの『角帽子』『幅広ベルト』『ミニスカートのワンピース』に社紋をイメージしたデザインを施している。
しかし、そのデザインもいかにもといった”企業的”なものではなく、当時流行した特撮モノの地球防衛隊を彷彿させるようなデザインである。
アジア初の国際博覧会と言うことで、参加パビリオンどの企業もコンパニオン衣装には力を入れていたようであるが、三菱未来館の衣装デザインは他館に負けず劣らず人気だったそうな。

   1975年 沖縄海洋博
 
大阪万博から僅か5年後。
その点から言えば、ビビットな色彩で丈の短いワンピースといった、70年代ファッションを継続していてもおかしくない。
ネット検索や図書館資料、記録映像などでいろいろと当時の資料を探したのだが、唯一見つかったのが後姿1枚。そのため、正面がどうなっているのかわかりにくいが、想像するにワイシャツのように襟のついたワンピースではなかろうかと推察される。
今で言うところの看護師が着用しているような白衣に、ベルトを巻いた感じではなかろうかと思う。

言ってしまえば、一般に言う70年代ファッションはこの時点でもう時代遅れになっている、とも感じとれる。

当時の沖縄がこのようなファッションが流行だったのかどうかは判断しにくいが、やはりアメリカ統治が長く続き、本土復帰からまだ3年と言う状態を考慮すれば、アメリカ文化の影響が色濃く残っているのでは、と感じざるを得ない。

特筆すべきは帽子のデザインと、サンダル、そしてコーポレートカラーを排除して黄色一色にした点ではなかろうか。
南国を意識したかのようなデザインには、今でも一般着として十分通用すると感じる。

   1985年 つくば博
 
ポートピアから4年後。80年代も中頃に入り、もはやワンピースは過去の流行となった。
バブル景気を前にした時代ではあるが、この衣装の特筆すべき点としては、いかり肩とスカート丈の長さ、そして、ブーツを履いている点に尽きるであろう。

いかり肩はさながらマイケルジャクソンのスリラーを彷彿(?)とさせるが、この時代は結構いかり肩のイケイケギャルが街を闊歩していた(笑)
もちろん、『科学技術』という博覧会のテーマもあるが、未来的志向と流行のいかり肩とをミックスする点は見逃せないであろう。

次にスカート丈の微妙な長さ。コンパニオン=ミニスカートの常識を破っているが、時代に応じた適切な長さであると感じる。
下のストッキングも気持ち厚めで、これでヨーヨーを持っていたら、正にスケバンであろう(爆笑)

他のパビリオンではこれまでにブーツを履いたものもあったが、三菱未来館でブーツを履くのは今回が初めて。
トータルイメージで科学技術を示すとハイヒールではコーディネートが悪いのだろう。
バランス的に露出度が一番低いが、メカニカル的なイメージをよく表現しつつ、流行を取り入れ、それでいて、帽子の花(?)のアクセントに可愛らしさが活きている。

   1990年 花の万博
 
大阪万博から20年。再び大阪へと戻ってきた万博。テーマが『花と緑』であるだけに、どのコンパニオンも花をデザインした衣装が多い博覧会となった。

三菱未来館においても、首から胸にかけての大きな襟が花弁をイメージさせる。
公式写真集に後姿の写真が掲載されていたが、それを見ると、襟は後側は紐で繋いであり、たぶんエプロンのような感じで簡易に取り外しが出来るのだろう。
全体的にシンプルであるが、コーポレートカラーの赤はしっかりとあしらっているのを忘れてはいけない。
個人的には帽子の形に注目。
20年前の大阪万博と形が非常に似ているのは、大阪万博にリスペクトしているのかなぁと勘ぐってしまう。

   2005年 愛・地球博
 
一般博としては実に35年ぶりとなる博覧会。
花の万博からも15年が経過しており、コンパニオン衣装もそれまでのワンピース型とは一線を画すようになった所が注目すべき点であろう。

イラストを見ての通り、ブレザー形で胸も比較的大きくはだけている。
デザインも、これまでは社紋のひし形を衣装の色としてアレンジすることはあったが基本はワンピースなどであった。しかし、今回はスカート丈やスーツ裾そのものを斜めにカットしている点が特徴である。
これは言ってみれば、従来の価値観にとらわれず、自由な発想でのデザインが可能となった証拠である。ファッション界においても既定観念にとらわれず、個々人の発想で自由に着こなすことが当たり前となり、互いが違いを認め合う社会になりつつあることの現われであると感じる。

また、あくまで個人的な見解であるが、博覧会の5年前には三菱自動車のリコール隠しが問題となり、その後はグループ全体で再建に動くこととなる。
ある意味、それまでの三菱に捉われない、新しい出発の意思表示であるとも受け取れる。

 
こうして全体を改めて見ると、ポートピア'81時の衣装は比較的1970大阪万博に準じている印象が強いが、首に巻いたスカーフなど、その後の歴史に繋げていく部分も多々見られる。
国内で博覧会も行われなくなった2011年現在では、コンパニオンと言えばモーターショーであったり、ゲームショーなどで見かけるように変化していった。
コンパニオンは企業の顔であり、その身にまとう衣装は、その企業そのものを表していると言っていいだろう。
そのため、その時々の流行を敏感に取り入れ、ファッション性の高さと、企業イメージの表現、更に、博覧会の主題の表現の両立がが求められていることがわかる。